2014年10月27日

「狭き門」アンドレ・ジイド

人はどこまで信仰を求めるべきなのか。
たまにはこうした古典を読むのも意味があるもの。

 

主人公は14歳のジェローム。2つ年上の従姉アリサに恋する。
アリサもまた彼のことを好いている。

両家の家族も二人が結ばれることを喜ばしく思っている。
しかし、アリサは婚約をためらう。

アリサの妹ジュリエットはジェロームの友人アベルが恋する。
しかし彼女は葡萄園の主と結婚してしまう。

神の道を優先するアリサ。アリサの母による不貞も大きく影響している。
結局二人は結ばれず、アリサは亡くなる。彼女の日記だけが残った。

***** **** ***** ****

この作品、読んでいて理解しにくいのは私が日本人だから。
プロテスタントやピューリタニズムというのはキリスト教以外には馴染みがない。

比較しやすい作品は「椿姫」(デュマ・フィス)。
純真な青年アルマンが娼婦であるマルグリットに恋をする。

しかし、アルマンの妹に結婚話が来た時二人の関係は問題視される。
アルマンがマルグリットと別れなければ、妹の話は破談となる。

アルマンの父に説得され、マルグリットは別れを決める。
それを知らないアルマンは彼女に冷酷な仕打ちを重ねる。

早い話、「椿姫」でアルマンの妹は「人質」となった。
「狭き門」では信仰が邪魔をした。

この作品をどう評価するか。
それが大きく分かれるのはアリサの行動に共感できるか否かが大きい。

人の目的は神か人間か。
私は信仰を否定しない。しかしアリサには共感できない。

彼女の死後どうなったか。
ジェロームはアリサの思い出を重く受け止め結婚できないでいる。
娘にアリサと名づけて欲しいという彼女の願いは単に自分勝手にしか考えられない。

私が読んだのは古い岩波文庫。翻訳は川口篤。
ジェロームのモデルはジイドそのもの。
登場人物は、すべてジイドの近くにいた実在の人物がモデルとなっている。
(年齢については少し変えてある)

川口によると、ジイドの「背徳者」は「狭き門」とは逆のことが描かれているという。
「狭き門」が自己抑制を表現した作品であることを考えれば、内容は容易に想像できる。

断定せず、「共に考える作家」であることがジイドの特徴だと川口は述べる。
だとしたら、「背徳者」を近いうちに読むべきかもしれない。

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posted by りゅうちゃんミストラル at 16:50| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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