2013年12月10日

「夜と霧」ヴィクトル・エミール・フランクル

心理学者が強制収容所で体験したことを淡々と記す。
永遠に読み継がれるであろう作品。   
   

もちろん、この本の存在はずっと前から知っていた。
何故、今読む気になったのか。
それは、「神様のカルテ2」(夏川草介)で紹介されていたから。

医師の妻が、浪人して大学に入った若者にこの本を紹介する。
その若者は、自分が何をすればいいのか分からないでいた。

人が極限状態になると、どういったことを考え行動するのか。
それを淡々と描くことで、私は恐怖をより深く感じた。

自分を守ろうとする収容者たち。生き残るために何でもするその姿勢はただただ痛い。
名前ではなく番号で呼ばれ選別、「処理」される人たち。
それがナチスドイツが選択した「最終的解決」だった。

感情の喪失、退行、飢えと発疹チフス。
カポー(収容者を監視する役の収容者)のセラピストとして重用された著者。
その後はチフス病棟の医師として用いられたため命を失わなかったという。

興味深いのは解放後の収容者。
感情を失ったまま、常識を欠き麦畑を踏む光景はとても象徴的だ。
虐待はその世代だけでなく、次の世代にもつながっていく。まさに負の連鎖。

救いがあるとすれば、人間性を失わなかった所長を収容者がかばう場面。
どんな場面になろうとも、サディストにならない人はいるものだ。

この本は一度読めばいいということにはならない。
何度も読み直すことで、差別と人の根源を考えるきっかけになる。

ホロコーストやアウシュビッツは過去のことではない。
日本でも、「在日は死ね!」などと叫ぶ馬鹿な人たちがいる。

歴史を忘れた時、悲劇は繰り返される。
そのことを忘れないために、この本は今後も存在し続ける。

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私が読んだのは、池田香代子訳の新版。
旧版には「ユダヤ」という言葉が一度も使われていないのだそうだ。

それは、収容所にいたのがユダヤ人だけではないということ。
ジプシー(ロマ)や同性愛者、社会主義者も送り込まれた。

訳者によると、この本は読売新聞2000年元旦「21世紀に読み継ぎたい本」。
翻訳ドキュメント部門で第3位だった。読めば納得。

訳者の言葉はその後のユダヤ人にも向けられる。
イスラエル建国と中東戦争の後もパレスチナ人は殺され続けた。

「アンネの日記」とこの本の意味は大きい。
この2冊がイスラエル建国神話イデオロギーないし真情の面から支えていた。
168ページに出ていた言葉は辛らつだが向かい合う必要がある。

原題は…trotzdem Ja zum Leben sagen: Ein Psychologe erlebt das Konzentrationslager
後半を直訳すると「ある心理学者の強制収容所体験」。
または、「心理学者、強制収容所を体験する」。

フランクル氏は、妻と子どもたちも収容所に入れられた。
彼以外、餓死かまたはガスで殺された。

この作品は、活字の世界遺産!

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posted by りゅうちゃんミストラル at 08:37| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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