2013年10月30日

「日の名残り」カズオ・イシグロ

イングランドでアメリカ人に仕える執事が旅に出た。
彼の回想で作品は進む。89年のブッカー賞受賞作。
   

イシグロの作品は、「わたしを離さないで」以来2冊目。
モノローグは、彼の得意技のようだ。

主人公は執事のスティーブンス。ダーリントン卿に仕えていた。
今は新しい主人であるアメリカ人のファラディ氏に雇われている。

ファラディの提案で、彼のフォードに乗り旅に出るスティーブンス。
その間、いろいろな思い出を語る。

旅の目的は、ダーリントンホールの管理運営のためスタッフを雇うこと。
かつての同僚であるミス・ケントンを再雇用するのがスティーブンスの役目。

イングランドの景色が一番というスティーブンス。
執事についても「品格」に拘る彼は、保守的で頑固。

しかし、回想により彼の父親がダーリントンホールでの重要な会議の最中に亡くなる。
影の存在である執事。それを考えれば保守的な彼の考えは理解できる。

ダーリントン卿は、第一次世界大戦後に結ばれたベルサイユ条約の緩和を狙っていた。
ドイツの友人が苦境に喘ぐのを見ていられなかった。

結果的にベルサイユ条約はナチスドイツによって破られる。
ルール炭田の占領など、「ドイツ憎し」のフランス。国際社会によってナチスは台頭した。
多くの国がドイツ側の反発を見誤ったのは間違いない。

スティーブンスはミス・ケントンとどのような話をするのか。
彼女は本当に結婚生活が破綻しているのか。地味ながらも話は進む。

(以下ネタばれ)

この作品は「喪失と再生」を描いている。
主人のダーリントンが失意のまま亡くなり、ミス・ケントンも夫の元に。

「あの時こうしていれば」というのは洋の東西を問わずにあるもの。
今まで何億人が後になって後悔しただろう。

しかし、「再生」の部分は大いにある。
スティーブンスはミス・ケントン(ミセス・ベン)と分かれた後、考える。
アメリカ人のファラディ氏にどうジョークを切り返すか。

タイトルである「日の名残り」(原題「The Remains of the Day」)。
人が回顧するのは、人生の残りが見えた場面。
これから、スティーブンスには出発が待っている。

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モノローグといえば、日本では湊かなえ。
「告白」「花の鎖」で知られる。

湊の場合は、視点が登場人物によって何度か変わる。
ところがこの作品でもイシグロは、スティーブンスの視点のみで作品を終えている。

この点は「わたしを離さないで」も同じ。
作家とすれば、ひとりのモノローグのみで作品を成り立たせるのはとても難しい。

イシグロは、よくこの選択をしたものだと思う。
何故なら、この形式は作家としての力量が必要とされるからだ。

この作品は93年に映画化された。こちらが予告編。

 

主役のスティーヴンスを演じるのはアンソニー・ホプキンス 。
正直、私のイメージとは違う。

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