線路に横たわる高齢者(70代)を助けようとした40歳の女性が亡くなった。
JR横浜線:高齢者助け出そうと踏切へ…女性はねられ死亡(毎日新聞)
痛ましい事故だ。現場にいた女性の父親は、事故を目撃した。
心からお悔やみ申し上げます。
事故は中山駅に近い踏切。
午前11時半ごろ、男性が線路上にいたのを乗用車に乗っていた女性が見つけた。
女性は線路内で老人を動かす。付近にいた人も非常ボタンを押した。
列車は急停止したが間に合わず、女性は列車にはねられて死亡した。
助けられた老人は、鎖骨を骨折したものの命に別状はなかった。
この件で「助けないほうがよかった」という意見がある。
私は賛成できない。人を助けようとした行動は賞賛に値する。
私と同じ考えの人は、結構いるようだ。
勇気たたえ悼む 横浜線事故(東京新聞)
結果的に高齢者を助けた女性は亡くなった。
だが、その結果は紙一重だったかもしれない。
確かに助ける側が死んではいけない。
以前、私はブログでそう書いたこともある。
だが、今回の場合救助したのは一般女性。
日頃厳しい訓練をしているレスキュー隊とは違う。
死んだ上に「無駄死に」などと批判されるとは、踏んだり蹴ったりじゃないか。
もうひとり協力していれば、誰も死なずに済んだかもしれない。
もちろん、死者が複数になっていた可能性は否定できない。
すべてを結果責任で語るのは簡単だ。
だがその意見にどれだけの説得力があるのか。
素朴な疑問だが、勇気ある行動と無謀の違いは何か。
これは人によって大きく異なるだろう。
もし、似たような場面に私が遭遇したら。
私は女性と同じ行動を取りたいと考える。
すぐに思い出すのが東武線ときわ台駅事故と新大久保駅乗客転落事故。
どちらも残念ながら、救助しようとした人が亡くなっている。
新大久保駅事故の場合は、ホームから転落した人も死亡した。
もうひとつ、興味深い意見をネットで見かけた。
それは、以下の主張。
40代のほうが、70代より社会的損失が大きい
これはサンデル教授もびっくりの功利主義ではないか。
では、線路上にいるのが自分より若ければ助ける。
逆に高齢者であれば助ける必要はないというのか。
亡くなった女性は「助けなきゃ」と言って線路に飛び込んだ。
父親が静止するのも振り切って。
そんな場面に遭遇し、年齢で助けるか否かを判断する余裕があるというのか。
現実的に無理がある。
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彼女は、今回の結果を後悔しているだろうか。
私はしていないと信じている。
もう一度同じ状況になったら、彼女は同じ行動に出るのではないか。
彼女の家族には、勇気ある行動を誇りに思ってほしい。
即断で人の未来を変えられる人は、いるようでいないもの。
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助かった老人に対する無責任な批判もやめるべきだ。
人にはそれぞれ背景がある。
老人を批判したい人たちが、将来自殺したくなる可能性は否定できない。
犠牲になった命を考え、できるだけ長生きしてほしい。
この件を美化することにも反対したい人たちがいる。
美化というのがどういった定義なのか、私にはよくわからない。
しかし彼女は人を助けたい。そう思い実際に行動した。賞賛して何が悪い。
亡くなった女性の死を悼みます
私は亡くなった女性の勇気ある行動を支持する
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