2013年04月09日

「カーテン」アガサ・クリスティ

老いたポアロ、最後の事件で巨悪に挑む。
この記事、ネタばれあり。
   

妻を病気で失い、南米から戻ったヘイスティングス。
ポアロに呼び出される。
場所は、かつて二人が再会し事件を解決したスタイルズ荘。

5つの事件について語ったポアロ。
次に事件が起きるのはこのスタイルズ荘だという。

その場所にはヘイスティングスの末娘が滞在していた。
大佐の銃撃事件、病弱な学者婦人の薬物死。そして小柄な男の拳銃による死。

何故、眉間に銃創があったのか、読んでいて疑問だった。
残念だが結末までは読めなかった。

他人になりすますという手法は複数の作家が用いている。
実際はかなり難しいが、この作品では誤った情報を使って成り立たせている。

殺人を是認しないというポアロの姿勢はほとんどの作品で守られている。
しかし例外はある。ある有名な作品ではこの姿勢は破られる。

この作品に通じていると言っていい。
他の作品のネタばれになるので、ここでは詳しく書かない。

***** ***** ***** *****

この作品には多くの教訓がある。
いくつか挙げてみよう。

1、巨悪には、普通の方法で立ち向かえない

読者の中にはポアロの選択に疑問を持つ人もいるだろう。
だが、「批判のための批判」は説得力がない。
ポアロを批判したい人は、代替案を示すべき。

2、人を操ることは可能だ

これは、私自身が経験したので確実に言い切れる。
限られた情報を特定の人に与えるだけで、人は操れる。

たとえば、仲のいい二人をケンカさせる。
ある男が、特定の女性に告白するよう誘導する。

これらはあまりにうまく行き過ぎて怖くなった。
それ以来この方法は封印している。人は賢くも愚かにできているものだ。

3、事件にならない事件は、この世に多く存在している

残念なことに、人知れず山中に埋められた人骨はある。
黒幕が検挙されない事件もある。

4、すべてのことに終わりは来る

この作品は、ポアロだけでなくアガサにとってもまさに終幕。
今さらながら、アガサとポアロの冥福を祈る。偉大なる作家と探偵よ永遠なれ。

私の耳には届いている

カーテンコールに対する世界中からの拍手が


読書のページ(書評)

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アガサ・クリスティー著『カーテン』

「カーテン」(アガサ・クリスティー著・中村能三訳 、ハヤカワ書房刊)  

『カーテン』アガサ・クリスティー著/田口俊樹訳(クリスティー文庫)早川書房

[私の考える最悪の人間(『カーテン ポアロ 最後の事件』より)]

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