2013年03月20日

「二十四の瞳」壺井栄

岬の分教場に赴任した大石先生。
貧困と戦争が生徒たちを翻弄する。久しぶりの再読。
   
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昭和3年、辺鄙な岬にある分教場。若い大石久子は1年生の担任。
洋服姿で自転車に乗り、学校へ向かう。

1年生は生徒12人。
大石先生は子どもが掘った落とし穴に転落。アキレス腱を切る重傷を負う。

先生に会いたい教え子たちは親に内緒で八キロの道のりを歩く。
疲れと心細さで、ひとりは泣く。だが幸運にも先生と会える。

大工の長女、松江は母親が急死。
家事をひとりで行うため、学校に行けない。
修学旅行の際、大石はうどん屋で働く松江と再会。

そして戦争により、教え子たちも戦場へ。
3人が戦死。ひとりは失明。大石の夫と娘も亡くなる。
生徒の中には身売りした子さえいる。

反戦の部分があるが、今ではこれも「自虐史観」と批判されるのだろうか。
だとしたらため息が出る。

再読すると、文章が散漫に感じられる。
しかし、時代が変わっても訴えるものの大きさは変わらない。

私はかつて「日本にはケストナーのような作家がいない」と感じたことがある。
しかしそれは誤りだった。

「飛ぶ教室」や「ふたりのロッテ」がドイツにあるように。
日本には「二十四の瞳」がある。

正義先生がドイツにいるように、日本には大石先生がいる。
それを確認した。

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私が読んだのは新潮文庫版(平成3年、七十刷)。
解説は小松伸六。

栄は10人の兄弟姉妹という大家族に生まれた(五女)。
両親はさらに2人の孤児兄弟を家族に加える。

タイトルの「二十四」というのは、この12人でもある。
これは知らなかった。

さらに、結婚した栄が世田谷の太子堂に住んだ際。
隣にいたのが無名時代の林芙美子だった。世間は狭いものだ。

映画化は1954年。
木下恵介監督、高峰秀子主演。

***** ***** ***** *****

今日20日はイラク戦争が始まって10年。
この作品を記事として残すにはいいタイミング。これも何かの縁だ。

 読書のページ(書評)

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二十四の瞳 壺井栄
Excerpt: 目頭が熱くなることを避けられない。 表題の作品を読んだことはなくても、映画やTVドラマなどで観たことがないなんて人は稀だろう。私は映像の記憶が鮮明すぎて、原作を読んだことがあるのかどうか記憶にない。..
Weblog: ヌマンタの書斎
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