貧困と戦争が生徒たちを翻弄する。久しぶりの再読。
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昭和3年、辺鄙な岬にある分教場。若い大石久子は1年生の担任。
洋服姿で自転車に乗り、学校へ向かう。
1年生は生徒12人。
大石先生は子どもが掘った落とし穴に転落。アキレス腱を切る重傷を負う。
先生に会いたい教え子たちは親に内緒で八キロの道のりを歩く。
疲れと心細さで、ひとりは泣く。だが幸運にも先生と会える。
大工の長女、松江は母親が急死。
家事をひとりで行うため、学校に行けない。
修学旅行の際、大石はうどん屋で働く松江と再会。
そして戦争により、教え子たちも戦場へ。
3人が戦死。ひとりは失明。大石の夫と娘も亡くなる。
生徒の中には身売りした子さえいる。
反戦の部分があるが、今ではこれも「自虐史観」と批判されるのだろうか。
だとしたらため息が出る。
再読すると、文章が散漫に感じられる。
しかし、時代が変わっても訴えるものの大きさは変わらない。
私はかつて「日本にはケストナーのような作家がいない」と感じたことがある。
しかしそれは誤りだった。
「飛ぶ教室」や「ふたりのロッテ」がドイツにあるように。
日本には「二十四の瞳」がある。
正義先生がドイツにいるように、日本には大石先生がいる。
それを確認した。
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私が読んだのは新潮文庫版(平成3年、七十刷)。
解説は小松伸六。
栄は10人の兄弟姉妹という大家族に生まれた(五女)。
両親はさらに2人の孤児兄弟を家族に加える。
タイトルの「二十四」というのは、この12人でもある。
これは知らなかった。
さらに、結婚した栄が世田谷の太子堂に住んだ際。
隣にいたのが無名時代の林芙美子だった。世間は狭いものだ。
映画化は1954年。
木下恵介監督、高峰秀子主演。
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今日20日はイラク戦争が始まって10年。
この作品を記事として残すにはいいタイミング。これも何かの縁だ。
読書のページ(書評)
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