2013年01月27日

体罰の伝統と私の責任

体罰と自殺が問題となっている桜宮高校の件。
女子部員にも体罰が及んでいることがわかった。

   目

桜宮高校:女子部員にも体罰(毎日新聞)

なるほど、この高校では体罰が伝統となっているんだ。
よく分かった。

この件については、多くの記事に書いてきた。

バスケ部主将自殺、再び考える   ヤンキー先生、体罰容認?

桜宮高、体育系は募集中止   自殺の桜宮高、生徒会見の闇  

桜宮高校の体罰教師、暴行で告訴   体罰での自殺を受け、教育委員の議論白熱?

この事件、体罰の顧問が最も悪いのは当たり前。
では、件の顧問を罰すれば解決なのか。

それは違うだろう。
管理職として監督と指導を怠った校長と教頭。

体罰を看過した同僚教師にも重い責任がある。
また、顧問を異動させなかった教育委員会の責任も免れない。

では、保護者や生徒たちはどうなのか。
体罰を知りつつも看過したことに変わりはない。

自殺した生徒の親は、顧問に指導方法について話し合ったという。
それでも自殺を防げなかったことで、後悔しているに違いない。

そこで、私には疑問がある。
もし、あなたが桜宮高校の生徒だったら。

「体罰はやめよう」と言い出せたか?
逆に、もしそのような意見が出たら、顧問や校長は聞く耳を持ったか?

「実績を残しているから」「運動部だから」
または「部外者が何を言う」と聞かなかったのではないか。

私はこの記事で何が言いたいのか。
それは、「体罰を放置した人たちにも責任があるのでは?」ということ。

もし私が桜宮の生徒なら。体罰を止めなかったのではないか。
だとしたら、私にも責任がある。

少なくとも他人だけを責める対応は無責任だ。
再発防止にも結びつかない。

日本全国に、似たようなケースはたくさんあるだろう。
その時、体罰をみんなが止めるのか。

この件を、犯人探しで終わらせる。それで同様の事件は防げるのか。
私は大いに危惧する。

もうひとつの疑問。
この事件をきっかけに体罰は全否定されるのか。

後になって例外を認めることはないのか。
とても気になる。

追記

我々の社会は、「人が死んだら変わる社会」なのか。
それとも、「人が死んでも変われない社会」なのか。

いじめでの自殺や体罰問題は、今に始まったことではない。
ならば、「人が死んでも変われない社会」なのだろう。

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ラベル:体罰 桜宮
posted by りゅうちゃんミストラル at 17:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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