2012年12月26日

「櫻の樹の下には瓦礫が埋まっている。」村上龍

震災や若者の低賃金などについてのエッセイ。
疑問点が多い。村上龍は終わったのか。
   

この本は日本では珍しい横書き。
素人っぽい下手な花の写真は著者によるものだ。

彼の意見には賛成できる部分も多い。
だがその反面、疑問もある。

たとえば147ページ。

「綿矢りさと金原ひとみは芥川賞受賞後も誠実な仕事をしているが」
(本文より引用)

本気かこの人。
私の評価はまったく違っている。

綿矢りさなら、「勝手にふるえてろ」を読んだ。
だが、彼女は自分の持ち味を生かしていない。

金原ひとみは「アッシュベイビー」を読んだ。
こちらも紙が無駄なんじゃないかというくらいの駄作。

どこが「誠実な仕事」なのか。私にはまったく理解できない。
芥川賞の意味そのものが批判される現在。
選考委員によって文学は破壊されている。

震災についても疑問点が多い。
「首都圏3000万人の避難も考えた」というのを「恥ずかしい」と批判。
実際にはそんな大規模な避難など不可能だというのが村上の根拠。

逆だろう。
無理だからこそ「考えた」で終わる。

確かに震災の政府対応では問題点が多くある。
だが「考えた」ということが、果たして批判すべきことなのか。

震災後、盛んに言われるようになった「絆」。
村上はこれも批判しているが、これはすでに多くの人が指摘している。
本書で村上が改めて言及する必要があるのかどうか疑問。

村上自身は原発についてどう考えているのか。
即時廃止か存続か、またはそれ以外なのかをはっきりと表明してほしかった。

それこそまさに「村上独自の答」になるのではないのか。
それとも批判が怖くて書けないのか。そんなことはあるまい。

震災に関する「原罪」は、私も何度か考えた。
石原慎太郎閣下による「津波は天罰」発言。
ペスト」(カミュ)の記事でも触れている。  

芥川賞の選考委員として石原閣下の近くにいたであろう村上。
この件について議論はしたのだろうか。

 読書のページ(書評)

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