2012年12月12日

「誰にも書ける一冊の本」荻原浩

死の床にある父親の著作を読む息子。
まさしく「人に歴史あり」の作品。
   

この作品、広告製作会社経営の主人公と父親が交互に登場。
話に奥行きを持たせている。

入院中の父親、命が危ういと母から連絡が来る。
急いで田舎に帰る主人公。母親から父の原稿を渡される。

主人公は勤務の合間に小説を書いた。
2冊が世に出たものの、作家として大成せず。
しかも、家族は創作の犠牲となり妻とは別居。離婚につながる。

会津で生まれ、北海道に入植した父の一家。
熊の爪で背中に大怪我を負った。

「熊にやられた」ということを信じてもらえない父親。
いつしか「農業機械で負った傷」ということに。

学生だったが、世の情勢に押され空軍に志願する。
戦争の部分は、「永遠の0」(百田尚樹)を思い出した。

終戦後、炭鉱で事務員として勤務する父親。
時代は石炭から石油へ。大規模な人員削減に抵抗する父。
そのために左遷されてしまう。

この作品で深く印象に残った部分はこれ。

「人生とは、何をなしたかではない。何をなそうとしたかだ」
(本文131ページより引用)

本としてこの世に出ている作品は、ほんの一部でしかない。
最初にも書いたが、誰にも物語がある。

100人いれば100の物語が。
1000人なら同じく1000の話が。

もちろん主人公だけでなく、読者の親も同じ。
この作品をきっかけに、どのくらいの物語が発掘されるか。

もし、まったくきっかけにならなければ。
この作品はただの娯楽で終わる。

文学は海辺で遊ぶ子どもと似ている。
美しい貝の欠片を見つけて喜ぶ子ども。

しかし砂の下や海の底にはすごい宝が眠るのを知らない。
このたとえ、ある科学者の言葉だがいろんな分野で同じことが言える。

 読書のページ(書評)

***********************
関連記事

「誰にも書ける一冊の本」(荻原浩)  

誰にも書ける一冊の本

荻原浩 著「誰にも書ける一冊の本」

***********************

*****トラックバックはテーマに関係するもののみどうぞ。
スパム防止のため承認制です。その場合リンクは必要とはしません。
一部、こちらからはトラックバックを送れないブログがあります。 
コメントについても承認制です。コメントする人は、まず挨拶しましょう。


posted by りゅうちゃんミストラル at 07:47| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/305051933
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。