2012年08月25日

「地獄変」芥川龍之介

「地獄変」を再読した。
元は「宇治拾遺物語」の「絵仏師良秀」。
   

地獄絵を殿様から依頼された絵師の良秀。
「見たものしか描けない」ということで牛車に火をつけることを殿に依頼。

その車には、良秀の娘が乗っていた。
屏風は完成したものの、良秀は自殺する。

「芸術のためには娘の命も差し出す」という点。
私を含め、多くの人にはこの考えを賛同できるわけがない。

しかし、こうした犠牲は洋の東西を問わず存在している。
私は韓国の国宝、エミレの鐘を思い出した。

鐘の鋳造を成功させるため、溶解した銅の中に娘を投げ入れる。
出来上がった鐘の音は、エミレ(おかあさん)と聞こえるという。

はっきりと書く。芸術家として良秀は二流。
優れた芸術家であれば、見なくても描ける。

この作品、古いので著作権切れになっているのかネットで公開されている。

芥川龍之介 地獄変

朗読もある。

 

この物語の語り部は、名乗らないものの殿の側近と思われる人物。
殿を敬うのは当然だが、彼の語る内容が事実かどうか。大いに疑ってかかるべき。

こうした話は疑えば何でも疑える。
だが、「すべて真実」と鵜呑みにするのはバカげている。
それは「聖書に書いてあることはすべて本当」と言うキリスト教原理主義者みたいだ。

この物語、いろんな立場から考えてみるととても興味深い。
現代に通じる教訓も豊富。だからこそ今でも読む人がいる。

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posted by りゅうちゃんミストラル at 07:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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