2011年08月14日

「創世記機械」ジェイムズ・P・ホーガン

古典的SF「創世記機械」を読んだ。

 

主人公は、若き科学者クリフォード。
彼は重力を自在に操る研究で大きな成果を挙げる。

ところが彼の所属する研究機関は、彼抜きでこの研究を進めようとする。
怒ったクリフォードはこの機関を退職する。

この研究をきっかけに知り合ったオーブとクリフォード。
国際科学財団で協力し、この研究をさらに進める。

重力のコントロールとエネルギーの移動。
この二つは軍事的にも大きく注目された。
政治家や軍事関係者の協力で、クリフォードは兵器開発に乗り出す。

J爆弾と名づけられたこの兵器は世界を救うのか。
それとも破滅に追い込むのか。


まず、この作品が世に出たのは70年代後半。
日本では80年代になって翻訳された。

当然、東西冷戦の時代を土台にして書かれている。
当時なかったインターネットは「インフォネット」として登場。

今でも実現してないエアカーも作品には出てくる。
そればかりではなく、月に研究所まである。

もうひとつの特徴は、この作品が「SF」であること。
この件については、巻末にある解説が語っている。

「ユーレカ」の復活(大野万紀)

なるほど、SFと呼ばれる作品の中には「スペースオペラ」も含まれる。
エドモンド・ハミルトンの「キャプテン・フューチャー」。
そして大ヒットした映画「スターウォーズ」もスペースオペラ。

その点、本作品は科学者が主人公の「狭い意味でのSF」だと言える。
単に作品のカテゴリーの問題なのだが、スペースオペラという分類は必要だ。

こうした「狭い意味でのSF」では、解説にある「だまされる喜び」が求められる。
その上で、現実との違いを比較してみるととても興味深い。

現在、地球上には多くの核兵器が存在している。
それらを使えば、人類は何度も滅亡するだけの核弾頭がある。

よく言われることだが、核廃絶には何が必要か。
それは、以下の二つが考えられる。

1、圧倒的な科学力を持つ宇宙人が核廃絶を行う
2、核兵器以上の強力な兵器が開発される


1は「幼年期の終わり」(アーサー・C・クラーク)で「実践」された。
2が本作品と言える。

核兵器に関しては、以下のことがよく言われる。

一度手に入れた道具を自分から捨てられない

今や、核兵器を持っているのは英米仏露中だけでない。
インドやパキスタン、そしてイスラエルも実質的な核保有国。
北朝鮮もこの中に入ろうとしている。

この作品が描く世界でなければ、人類は核兵器を捨てられないのか。
だとしたら単にSFだと受け止めることができない。

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posted by りゅうちゃんミストラル at 07:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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