【送料無料】父の詫び状新装版 |
まず、文章が鮮やか。
そして笑ってしまう部分が多い。
脚本家として有名な彼女は表現者として優れている。
それがこの1冊からわかる。
彼女を語る上で欠かせないのが飛行機事故。
1981年に起きた航空機墜落事故で、偉大な表現者は亡くなった。
この本でも、飛行機事故に関する記述が複数あった。
ひとつは彼女の母親が香港旅行する場面。
喧嘩しながらも空港で母親を見送る向田さん。
飛行機が落ちないかと心配になり泣いたと書かれている。
もうひとつは南米のペルーを訪問した時のエピソード。
旅行中に墜落事故があったとの報道を聞いた向田さん。
この事故については、以下のページに詳しく出ている。
私もこの件は映画で見て知っていた。
奇跡の詩〜92名中唯一生存した少女が果たした奇跡の生還〜
ダイヤモンドの指輪をお守りにして、その場では事故に遭わなかった向田さん。
今よりも航空機に対する恐怖が強かった時代なのだろう。
大笑いしたのは「昔カレー」での勘違い。
「田原坂」の歌詞を間違って覚えていた。
正しくはこう。
♪雨は降る降る 陣羽(人馬)は濡れる♪
だが、向田さんは陣羽(人馬)を「跛(ちんば)」だと思っていた。
この勘違いを作詞家の阿久悠氏に話した。
エッセイではこう表現している。
氏は大笑いをされ、体を二つ折りにして苦しんでおられた。
(太字部分、「父の詫び状」から引用)
私もこの部分を読んでいて笑ってしまった。
| 注釈 「跛(ちんば)」が差別用語であることは私も知っている。 もちろん阿久悠氏も言葉を生業としている以上、知っていたに違いない。 氏や私がこの件を笑ったのは、もちろん身体障害を笑ったのではない。 向田さんの勘違いがあまりにひどかったためだ。 後で指摘されないよう、念のために断っておく。 |
食べ物に関する記述も多い。
海苔巻きの端を好んでいた向田さん。
天皇への不敬を父親に責められ、好きなカレーを食べられなかった。
鮭缶の骨も好きだった。
その後、鮭の骨だけを集めた缶詰が発売されている。
向田さんは先見の明があった。
留守番電話でのエピソードも面白かった。
当時は1回に1分しか録音できないシステム。
黒柳徹子さんの9件連続シリーズはなかなかのもの。
録音を残しておいたら、テレビ局が欲しがっただろうと思う。
直木三十五の「南国太平記」を好んで読んだ小学生の向田さん。
その後、自身が直木賞を得るとは思わなかっただろう。
事故さえなければ、もっと作品が残せたかと思うと、とても残念。
偉大な人を失ったと、今さらながら痛感する。
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向田邦子「父の詫び状」
↑この方も、飛行機事故について述べている。
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