2011年07月29日

「海と毒薬」遠藤周作

「海と毒薬」を読んだ。
この作品は戦時下の大学で行われた米軍捕虜の生体解剖事件を描いている。
   
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「私」(もちろん遠藤のこと)は引越し先で勝呂という医師に出会う。
結核に対して見事な手技を見せる勝呂はどこか暗かった。

実は勝呂医師は戦時中、米軍捕虜を生体解剖していた件に関わっていた。
しかも大学内で。
モデルとなった事件は以下のページに詳しく出ている。

九州大学生体解剖事件(Wikipedia)

九州医大・捕虜生体解剖事件

戦争がこの事件の背景にあったのか。
それは否定できない。

何しろ解剖が行われた1945年5月当時、日本は米軍の空襲を受けていた。
「米兵憎し」の気持ちは大学医学部の中にも当然あっただろう。

忘れてはならないこと。
それは、どう考えても残虐なこの事件は人が行ったということ。

この作品は、「日本人とは何か」という狭い考えで解釈できるのだろうか。
私はその考えに無理があると解釈する。


ナチスドイツによるホロコーストを思い出してほしい。
「ユダヤ人抹殺」という「最終的解決」を行ったのは人だ。

人は自分の行為がどれほど残虐であったとしても、それに慣れる。
実際にユダヤ人をガス室に送り込んで虐殺を繰り返していた人。

その人たちは、我々と同じ人間。
「ナチスだから」「ドイツ人だから」という主張に意味はあるのか?

自分がもしアウシュビッツにいたら。
私はユダヤ人虐殺をしなかっただろうか?

もし自分が生体解剖の行われた大学にいたら。
研究生としてその事件を拒否しただろうか。

実際に行われた生体解剖事件は、大学の組織的関与がなかったとされる。
だが組織的関与の有無に関わらず、米軍捕虜たちが帰ってくることはない。

人は立場や環境で行動が大きく異なる。
患者を救うために勉強した知識や手技が、生体解剖に使われる。
この恐怖はいつまでも事実として語り継ぐべきもの。


佐伯影一氏の解説(新潮文庫)にもあるが、この作品は第2部が予定されていた。
だが、遠藤の死後もその原稿は見つかっていない。

また、捕虜生体解剖事件の関係者から遠藤に手紙が届けられた。
手紙の内容は、遠藤がこの作品で彼らの行為を断罪しようとしたとあった。

そのつもりのない遠藤は、この大大きなショックを受けたという。
第2部が出なかったのは、この手紙が大きな役割を果たしていたのかもしれない。

遠藤の作品は、「深い河」に続いて2冊目。
次は「沈黙」になるのか。それとも芥川賞受賞作「白い人」か。

追記

私が読んだのは、新潮文庫の平成15年八十九刷改版。
166ページに「始めてみた人間の内臓」という記述がある。
これはもちろん「初めて見た人間の内臓」のことではないか。
最新版で確認してみよう。

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遠藤周作『海と毒薬』(講談社文庫、1971年)  

遠藤周作「海と毒薬」

遠藤周作著 『海と毒薬』

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