2011年07月21日

「幼年期の終わり」アーサー・C・クラーク

SFの名作と言われる「幼年期の終わり」を読んだ。
   
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人類が宇宙へと進出したその時、巨大な円盤が船団で地球にやって来た。
各大都市の上空にその円盤は停止。

宇宙にいるのは地球人だけではない。
その証明が目に見える事実となった。

地球人たちは姿を見せないその来訪者たちをオーバーロードと呼んだ。
進んだ科学力により、地球のあり方そのものを変えるオーバーロード。

やがて地球上からは戦争や国境はなくなった。
誰もが英語を話せるようになり、宗教や犯罪も激減。

国連事務総長との対話を進めううちに、オーバーロードは約束する。
50年後に地球人の前に姿を現すことを。

第2部でその約束は果たされる。
オーバーロードは悪魔の姿をしていた。
頭には2本の角、羽があり、尻尾は矢のよう。

第3部は、オーバーロードの補給船に「密航」した地球人のその後。
80年後の地球(相対性理論で密航者は若いまま)は驚くべき変化を遂げていた。

この作品は50年代に発表されたもので古い。
だが、今読んでもその古さを感じない部分さえ多くあるのが驚き。

旧人類、新人類と進化。
終末思想。

いろんなことを私はこの作品を読みながら考えた。
正直に書くと、途中退屈だった。

表現が無意味に長くなっている部分があると私は感じた。
「種族的な記憶」をご都合主義とも感じた。

だから私はこの作品を傑作だとは思わない。
この作品でのポイントはオーバーロードの出現。
人類が次世代にどう向かうかというのは、私の理解を超えている。

クラークは、単に地球の行く先についてひとつの仮説を出しているに過ぎない。
それは多くのSFで行われているのではないか。

しかもその行く先は結末ではなく途中経過でしかない。
この作品を読んで結末だと解釈するのは間違っていると私は考える。

石ノ森章太郎の代表作「サイボーグ009」。
「天使編」、そして未完となった「神々との闘い編」はこの作品と似ている。
影響を受けたのだろう。

多くの作家、漫画家にとってこのテーマを一度は考えるはず。
手塚治虫のライフワーク「火の鳥」でも人類の行く末について描かれた。

私が読んだのは福島正実の訳。
彼の名が記憶として残るよう、記録しておく。

この作品については、再読が必要だ。
しばらく時間が経過した後、解釈は変わっているかもしれない。

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関連記事

幼年期の終わり  

↑この作品についての書評。
「種族的な記憶」について「屁理屈のような気もします」と述べている。
私はこの意見に賛成。読んでいてそう感じた。

幼年期の終わり

↑興味深い書評。
確かに地球は終わったが、人類が終わったわけではない。
クラーク流に言えば、この記事を書いた方は孤独ではない。

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posted by りゅうちゃんミストラル at 08:49| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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