2011年05月29日

元日本赤軍、丸岡受刑者が病死

日本赤軍ダッカ事件などハイジャックを起こした丸岡修受刑者。
29日に八王子の医療刑務所で死亡した。60歳。
   

丸岡受刑者が死去=元日本赤軍幹部、医療刑務所で(時事通信)  

元日本赤軍メンバー、丸岡修受刑者が死亡 60歳(asahi.com)

今年の2月には、連合赤軍の最高幹部だった永田洋子死刑囚が病死した。

永田洋子死刑囚が病死

かつていろいろな大事件を引き起こした赤軍派。
その歴史が、確実に過去のものになりつつある。
すでに日本赤軍と連合赤軍の違いを説明できる人は少なくなっている。

ダッカ事件は77年に起きた日航機ハイジャック事件。
犯人グループは600万ドル(当時のレートで約16億円)の身代金。
そして収監中のメンバー9名の釈放、日本赤軍への参加を要求した。

福田赳夫首相は、「一人の生命は地球より重い」と発言。
「超法規的措置」により、要求を受け入れた。

私はこの事件で釈放された泉水博の裁判を傍聴したことがある。
いかにも公安の目が光った法廷は、緊張感があった。

私自身、上着を脱ぐように廷吏から言われたほど。
「泉水奪還作戦」のための武器でも持っていると思われたのだろうか。

03年に丸岡は、ハイジャック防止法違反などで無期懲役が確定。
04年には拡張型心筋症と診断され、以後は車椅子での生活。

拡張型心筋症ということは心臓移植が考えられる。
移植に次ぐ方法はバチスタ手術。
どちらも無期の囚人である丸岡には無理だっただろう。

ところが、日本赤軍の事件にはまだ終わりが来ない。

例えば岡本公三
彼は今も国際指名手配中だ。

昭和、負の遺産がひとつ消えた

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元日本赤軍の丸岡修受刑者死亡 「ダッカ事件」など  

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posted by りゅうちゃんミストラル at 17:23| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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