2014年10月07日

自殺の父親について考える<佐世保女子高生殺害>

佐世保で起きた、女子高生による同級生殺害事件。
5日、容疑者の父親が自宅で死亡した。自殺と見られる。

 

佐世保同級生殺害:容疑の少女の父が自宅で自殺か(毎日新聞)

この件については、以前以下の記事に書いた。

女子高生殺害事件、写真削除と実名の晒し

確かに自分の娘が同級生を殺せば世間から叩かれるのは当たり前。
だが、ネットで実名や写真まで出回るのはどう考えてもおかしい。

遺族に対しての補償は、今回の自殺によってより困難になっただろう。
いつか社会復帰する娘(現在鑑定留置中)を受け入れる体勢にも大きな問題が生じた。

この自殺について、ネット上ではこんな意見が見られる。

「自殺するのは卑怯」

この意見には一理ある。その一方で反論したくもなる。
「自分なら自殺なんかしない」と言い切れる人がどれだけいるか。

加害者となった少女の家庭は、確かに問題が多かった。
母親が病死し、弁護士の父親は再婚した。
娘は高校も不登校で、父親をバットで殴った事件さえ起こしている。

当たり前だが多くの人は娘が殺人者になったことはない。
自殺に追い込まれた人間のことなど考えない社会が形成されつつある。

自殺に追い込んだのは今の社会が原因のひとつではないのか。
私はそのことを忘れずにいたい。

今後も凄惨な事件が起きる度、家族の実名や顔写真が晒されるのか。
そう考えただけでため息が出る。

事件の闇を深くしているのは誰だ?

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ラベル:佐世保
posted by りゅうちゃんミストラル at 16:04| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする